Monday, 19 December 2016

Ashes and Diamonds

今年のポーランド映画祭で鑑賞したアンジェイ・ワイダの『灰とダイヤモンド』(1958)。

永遠の勝利の暁に、灰の底深く
燦然たるダイヤモンドの残らんことを

劇中で主人公たちが訪れた墓碑に刻まれた詩の一節。
闘争と、血の色と、ロマンティシズムにもう胸がいっぱい。

何故こんな名作を今まで観ないで生きていたのだろうか!


時は1945年、ナチスドイツが降伏し、第二次世界大戦も終わりに近づいたころ。
ワルシャワ蜂起のレジスタンスとして戦ったゲリラ兵の若者マチェクは、
新政権の指導者でソ連と密な関係にある共産党幹部のシュチューカを暗殺するよう命じられていました。

任務を遂行することに何の迷いも無かったマチェクでしたが、
暗殺計画実行前夜、バーで働くクリスティーヌと恋に落ち、彼の心は大きく揺れ動きます。

祖国の大義か、愛する人との未来か。

「恋とはどんなものなのか、今まで知らないでいた。」

悩みに悩んだ挙げ句、彼はひとつの決断をするのでしたーーー。


それはきっと昼下がり。教会近くの高台で、何とも牧歌的に物語がスタートしたかと思うと、
とたんに場面は銃撃戦へ。
モノクロームの美しい映像は、今観ても新鮮だと感じるカットの連続で、
瞬く間に物語の中へと引き込まれてしまいました。

特に映画のクライマックス、戦勝を祝う人々のリクエストを受け
飲み屋の楽団が、ポーランドの生んだ大作曲家ショパンの軍隊ポロネーズを奏でるシーンは素晴らしかったです。
なんとか主旋律をたどっていたポロネーズのしらべは、やがて不協和音へとなってゆく。
しかし十分すぎる祝い酒を体に流しこんで喜び踊る人々の耳に、その音の不快さは届かない...。
ナチスドイツの支配が終わり、ソ連の衛星国となった新生ポーランドの未来が、
必ずしも輝かしいものではなかった、ということの象徴のように感じました。


「普通の人間として生きたい」という願いすら叶えられずあまりにも儚く散っていった青年の物語。
反政府分子が主人公であるにも関わらず共産党政権の検閲をくぐり抜けて発表されたこの作品には
歴史に翻弄され続けたポーランドという国の悲哀、美しさ、そして強さが詰まっていた。

いい映画は時代を越えて愛されるのだと、改めて思った夜でした。