Tuesday, 31 January 2012

Beginners

マイク・ミルズ監督の『人生はビギナーズ』を鑑賞しました。
原題の「ビギナーズ」に「人生は」と付けたとたん、どうしてこんなにタイトルの印象がかわるのだろう。
邦題マジック恐るべし・・・と思いながら。

主人公は38歳のアートディレクター、オリヴァー。
物語は彼が父親ハルの遺品を整理しているシーンから始まります。
75歳にして突然に「わたしはゲイだ」とカミングアウトし、残り少ない人生を自分らしく生きようとした父。
父は母を愛していなかったのだろうか。父は幸せだったのだろうか。
そんなことを考えれば考えるほど喪失感は大きくなってゆくばかり。
すっかり塞ぎこんでしまった彼の唯一の話し相手といえば、父の忘れ形見である犬のアーサー・・・。

そんなオリヴァーの様子を見かねた友人はある日彼を仮装パーティーへと連れ出します。
そこで彼が出会ったのは、アナというちょっぴり不思議な女性。
すぐに惹かれ合い、デートを重ねるようになった2人はどこか似た者同士。
アナはオリヴァーの心にぽっかりとできていた空白を少しずつ少しずつ癒してくれました。
だけれど途中から何かが上手くいかなくなって、少しずつ2人の歯車が狂いはじめ
幸せが、あっという間に消えそうになってゆくのです。

スクリーンに交互に映し出される、過去の出来事と今の自分。

その所々に挿まれる、父が生きた保守主義の50年代---同性愛は精神疾患であると疎まれた時代---の
写真やコラージュが、淡々と進んでゆくお話に心地よいリズムを与えています。


ガラスのように繊細なハートを持つ38歳のオリヴァーを演じたユアン・マクレガーは本当にハマり役で
お父さんを演じたクリストファー・プラマーも素晴らしかったし
アナ役のメラニーちゃんもフランス訛りの英語がとてもキュートだったけれど
キャストの中でわたしが一番心をうたれたのは
アーサー役のジャックラッセルテリア、コスモくん!!


ハルを亡くした悲しみを誰よりもオリヴァーとシェアしているのはこのアーサー(犬)。
いつでもどこでもトコトコとオリヴァーの後ろを追いかけ
部屋に置き去りにされれば「ワウーン!ワウウゥーン!」という切ない鳴き声で飼い主の心を揺さぶり
人間の言葉を理解し、飼い主が悩んでいれば声なき声でアドバイス!
なんて健気。なんてかわいいの。
普段はネコ派を公言しているわたしもすっかりコスモくんのファンになってしまいましたよ・・・。


これはマイク・ミルズ監督の実体験に基づくストーリーだそう。
そう言われればオリヴァーが仕事場で書きためるイラストは『サムサッカー』のパンフレットの表紙みたいに
マイク・ミルズのドローイングそのものですし(監督による映画のドローイング集、今欲しい本ナンバーワン)
オリヴァーのどこかエキセントリックな母親が美術館の作品の前でヘンテコなポーズをとる場面は
マイク・ミルズのパートナーであるミランダ・ジュライの映画"The Future"にでてくる
ミランダのヘンテコダンスシーンを紛れもなく彷彿とさせてくれますし(母の髪型もミランダそっくり)
そういった点からも、監督のプライベートが強く投影された作品なのだなと思いました。


主人公の喪失感が画面から溢れ出てきそうなくらいに伝わってくるけれど、なんだか全部があたたかい。
幸せになりたいけれどどうすればいいのかわからなくて苦しくて
いざ幸せになると怖くなって自らそれを手放そうとしてしまう、また孤独になることを選んでしまう。
ずっとずっと大きな悲しみから抜け出せない。
そんな人たちの背中を「大丈夫ですよ」って言いながら、そっと押してくれているような映画でした。

Friday, 27 January 2012

Cafe TUBE LANE

弘前は「珈琲の街」と言われています。
コーヒーが薬として飲まれていた大昔。その黒くて苦いコーヒーという「薬」を
庶民の中で一番最初に飲みはじめたのは弘前の人だったとか。
(こちら珈琲の街ひろさきのwebページ。何気にイラストが素敵です)
そういった歴史も手伝ってか、弘前には昔ながらの喫茶店がたくさん。

子供のころから慣れ親しんだ駅前の大きなデパートはなくなり
高校生のときお金を貯めては通った小さな洋服屋さんもなくなり
思い出の場所が次々と不景気の波にのまれてゆく・・・

それでも街を歩くと頻繁に喫茶店やカフェに出くわします。
街は閑散としているのに喫茶店は人でごった返している、なんていう光景もよく目にします。
わたし自身はコーヒーを飲まないけれど
「珈琲の街ひろさき」というのはなかなかに趣きとロマンあふれる響きだなぁ、と思いますし
小さいころから頻繁に近所の喫茶店へと連れ出されていたせいか
この地域の喫茶店文化というものが自分の体の隅々まで染み渡っている気がします。

先日そんな弘前の街であたらしくできたカフェを偶然見つけました。


カフェチューブレーン。
手作り感あふれるほっこりとした看板。「やすめ」の交通マークが心に染みる。

「ぎゃぎゃっ道の道路標識には従わなければ!」と思ったわけではないけれど
なんだかすごーく惹かれたので、カフェのある2階へと向った友達とわたし。

あたらしくてピカピカの、広ーい店内。


何といってもリバティ・・・もしくはウィリアムモリスのデザインを彷彿とさせる
このかわいい壁紙がお店のチャームポイントです。

「いらっしゃいませ〜」と迎えてくれた店員さんが、とにかくかわいすぎてわたし瞬殺。
この田舎にあんなハーフ顔の可愛い人がいるとは知らなかったですよホント・・・!
「お姉さんの写真とってもいいですか」と言いたくなる衝動をぐっとおさえてメニューとにらめっこ。


ほうじ茶豆乳ミルクと「大人のアップル&パイ」を注文いたしました。
赤ワインと白ワインで煮込まれた、とってもジューシーなりんごにサクサクのパイ。
甘くてあたたかくて、とろーんと懐かしい味のほうじ茶ミルク。

しあわせじゃ・・・(●´ω`●)

来てよかった。広くて開放的で、何時間でも居れる。


そういえばここ2・3年は、地元に帰ってくる度に
「あれっ新しいお店ができてる!」と思うことが増えてきたように思えます。
カフェや雑貨やさん、お洋服屋さんなど。
そこのオーナーさんが地元の若い人だったりするのは、若者の地方離れが進んでいるこのご時世で
ほんとうにうれしいことです。みんなこの街がすきなんだなぁ・・・。


弘前でお気に入りの場所がまたひとつ増えました。

Sunday, 22 January 2012

macaron coloured cosmetics

春カラーがフレッシュなコスメたち。

お馴染みPAUL&JOEの2012年春限定ネココスメは、きっと同ブランド至上いちばんかわいい。
そのラブリーさはおととし買ったルージュを軽々と越えるものであります。


乙女のみなさまが大好きなラデュレのコスメライン。ラデュレの世界観そのまま!
エンボス加工されたこのカメオチーク、美しすぎる。




ナチュラルな長持ちネイルポリッシュ代表のZOYAからはこんなミルキーカラーのマニキュア。
2色ずつ塗りたい・・・(●´ω`●)


ソニアリキエルの限定アニバーサリーフェイスカラー。
朝・昼・夜のパリの空の色を表した3色展開。なんてロマンチックなアイディア・・・。


美味しそうなお菓子の色を纏った春のコスメ、見ているだけで幸せな気分になってきます。
♥♥♥

Wednesday, 18 January 2012

The Theory of "Kawaii"

みなさん、「かわいい」と聞いてパッと思い出すものは何ですか?

わたしの場合
ネコ、こぶた、Paul and Joeのコスメパッケージ、みずたま模様、カップケーキ
チェコ、ノルディック柄のセーター、marc by marc jacobsのmiss marcちゃん
iphoneのChat Petアプリで届くちゅーめいちゃんからのメッセージ、ラズベリー色のジェラード
カイ・ニールセンの挿絵、バレエシューズ、真っ赤なネイルポリッシュ、赤ちゃん、はにかむ人
オシャレをしたおじいちゃんおばあちゃん・・・などなど、挙げても挙げてもきりがありません。

だって今や世の中は「かわいい」のインフレーション。あれもかわいい、これもかわいい、全部かわいい。
それはとても便利な言葉。「かわいい」には賛嘆の感情も、時に侮蔑の感情も含めることができる。
ここでふと思ったのです。
わたしってば、無意識になんでもかんでも「かわいい」の一言で済ませ過ぎではないかしら?
そもそも、かわいいって、一体なんじゃろ?と。

しかし1人で考えれば考える程に頭がこんがらがってきて、思考回路はショート寸前・・・。
そんなわたしのどーでもいい疑問を解決してくれるのではないかと思い、こちらの本を読みました。

その名も『かわいい論』。

2006年出版なので日本の雑誌やメディアについて論じている箇所の情報の古さはあるものの
かわいいについての大学生アンケート(これがとても笑える)やイタリアのセーラームーン、
グレタ・ガルボとヘップバーン、太宰治にヘンリー・ダーガー、萌えカルチャー
果てはアウシュビッツの壁画に書かれたかわいい子猫の絵にまで言及し
多角的なアプローチで「かわいい」の正体をさぐろうとしているので
各章ごとに読むと結構興味深くて面白かったです。

「かわいい」という言葉がまだ誕生していなかった平安時代。
清少納言の『枕草子』にでてくる「うつくし」という表現が
現代の「かわいい」の意味を示すというのは高校の古典で習った通り。
当時の人々は小さいものや大人の庇護を必要とするものを「かわいい」と考えていた。
それから千年以上の時が経ち、その「小さいもの、幼いもの」に消費社会を形成する要素としての
ノスタルジア、スーヴニールが加えられて現代の「かわいい」が成り立っている。
それは今となってはグロテスクな存在と限りなく隣り合わせのものなのである。
・・・ってことでいいのでしょうか、先生。

「かわいい」とグロテスクは紙一重であるいう点には大いに納得するところです。
ガーリーだとか少女趣味とか言われる映画や本を見ていると、本当にその通りだなぁと思う。

ただ、その後の展開でせっかく広げに広げた話がまとまらず
結論が宙ぶらりんのまま本が終わってしまうという点が非常に残念であり、それと同時に
「やっぱり現代におけるかわいいの価値観というのは多様化しすぎて個人によって感じ方が異なるし
それを俯瞰で捉えて論じるっていうのは無理なのね」と思うに至りました。
それも仕方ないこと・・・
世の中の「かわいい」は、ものすごい早さと量でアップデートされているのだから。

だったらもっと単純でプラクティカルな答えを見つけたい。
「かわいい」を読み解く本、実はもう一冊買ってあるので、そっちも読んでみようと思います。

Tuesday, 17 January 2012

I CAN'T BELIEVE A GIRL IS PLAYING ME METALLICA

写真集の最後がこちら。これがずーーーっと欲しかったやつ。
入手困難な幻のガールズ雑誌Baby Baby BabyやNYLONでお馴染みのファッションフォトグラファー
Valerie Phillipsの"I CAN'T BELIEVE A GIRL IS PLAYING ME METALLICA"
うぅぅぅかっこいいタイトル!!
*source*
 

ヴィクトリアという女の子のちょっとヘンテコな日常を収めた写真集。裏表紙もかわいい。ふふふ。
本を開いた瞬間目に飛び込んできた写真の質感は"NYLON"のイメージそのもの。
専門技術のことは何もわからないけど、少しざらざらしてて、ポップで、エッジの効いた感じ
とでも言えばいいのでしょうか。

1冊まるまる、ヴィクトリアちゃんがウルトラキュート!くすっと笑ってしまう。
お花やレース、お上品なワンピースやキラキラのアクセサリーだけが乙女のアイテムなのではない。
黄緑色のもじゃもじゃウイッグも、ド派手な柄のTシャツも、ヘヴィメタだって、とびきりガーリー。
おしとやかでいる必要なんてないのだ。

これは現代のリアルな乙女を写した写真集だなぁーとひとり思ってます。


★クリックミープリーズ★
↓↓

Monday, 16 January 2012

Tout va Disparaitre

アマゾンUKから届いた二冊目がこちら。
オランダ出身Hellen van Meeneの写真集です。

タイトルはフランス語で「全ては消えゆく」というような意味。
10代までの少年少女をモデルとし、アメリカ・ロシア・オランダの3国で撮影されたそう。



自然光のみを使ったというライティング加減がすばらしいです。
心もとない表情を浮かべるこどもたちが、やわらかい光の中に浮かぶ。
みんな光の中に溶けてゆきそう。。。
そこに広がるのはしーんとした静寂。見ているこっちまで息をひそめそうになるくらい!

黄色いワンピースを着た女の子の写真を見た瞬間
フェルメールの「レースを編む女」を思い出してしまいました。
(オランダつながりだから、という安易な発想)

近いうちに必ず消えるであろう一瞬を切りとった、美しくて、幻想的で、儚げな写真ばかりです。

Teenage Stories

大学生のとき、たしか恵比寿の洋書屋さんでみつけたのは女の子だけの写真集。
ものすごく欲しかったのだけど値段が高くて買えなかったのでこっそりタイトルをメモしておいたもの。
もう5,6年前のことなのですっかり忘れていたはずだったのですが
数週間前の真夜中に、ふとそのことを思い出しました。

「そういえばわたしはあの写真集が当時めちゃくちゃ欲しかったのだ。」

不思議なくらいはっきりと覚えている表紙のイメージとうろ覚えのタイトル。
どうにかその写真集を見つけ出そうと目を血走らせながらリサーチした結果、amazon UKで発見。
しかもお手頃価格になっていたので「これは・・・!」と、思わず購入ボタンをクリックしました。
しかしそれだけでは終われないのがネットでのお買い物・・・。
その他にも以前"Art Photography Now"を見て知った写真家の作品を追加したりして、結局3冊購入。

それらがやーっと、はるばるイギリスから届きました。

まず一冊目。
ドイツ生まれロンドン在住のフォトグラファーJulia Fullerton-Battenの"Teenage Stories"


*source*

小さな世界と大きなわたし。
ミニチュアでつくられた背景に、どこか危うげな少女達。

トンネル前での交通事故、タマゴバトル、靴の裏のガム。
Juliaが幼少時代に住んでいたアメリカペンシルバニアとドイツの田舎での思い出が
この作品のアイディア源となっているそうです。

ダーク時々ファニー。

写真集のタイトル通り、どの一枚を見てもストーリーが沸いてくる。
見ているひとたちのイマジネーションを刺激してくれる一冊であります。

「女の子」とは、とびきり孤独でちょっぴり恐ろしいものだ!

Saturday, 14 January 2012

ALICE in 1988

みんな知ってるルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』。
このお話を原作に、たくさんの映画が撮られました。
1903年イギリスで撮影された約8分のサイレント映画"Alice in Wonerland"
から始まって、一番最近のものは2010年。ミアちゃん主演の"Alice in Wonderland"
wiki先生によると、なんとこの世にはざっと12ものアリス映画&ドラマが存在しているらしい。
それだけ原作がクリエイターたちのイマジネーションを刺激するってことですね!

アリスが12作品もあるなんてつゆ知らず、今までは
ウォルトディズニー版(永遠のアリス像)とティム・バートン版(個人的にはイマイチだった)
の2作しか観たことがなかったわたしでしたが
今日、びっくりするほど斬新な『アリス』に出会ってしまいました!

1988年の"ALICE"---製作国チェコスロバキア。(東欧映画ブーム絶賛続行中)
3年の歳月をかけてつくり上げられたと言われる、大作映画であります。

どーん。

ごっ、ご覧下さいこの不穏なムードが漂った当時の映画ポスター。
アリスの髪ってば容赦なく燃えていますし、窓から覗く謎の人物の顔はどことなくホラー調。
ウォルトディズニー版のアリスが陽ならこちらのアリスはまさに陰。
このポスターからも感じ取られるように、チェコスロバキア版アリスはひたすら不気味なのであります。
いや「きもかわいい」という表現の方が適切でしょうか・・・。

実写とストップモーションアニメの世界。本当に独特の世界!!!

こちらが主人公アリスちゃん。全く笑わない、クールな美少女。
こちら白うさぎさん。前歯がチャームポイント。動きがとってもかわいいのです。
ガマガエル伯爵。ながーい舌でハエを捕まえるのが大得意。
なんだか不気味な生物と、薬を飲んで小さくなったアリス・・・そうです、まさかのビスク人形です。

どうですか?こんなアリスの世界、誰が想像できたでしょうか。いや誰も!(勢い余って反語)
今までのキュートなアリス像がボロボロと裏切られてゆきます。
登場するキャラクターの全てが東欧的。寂しげでどこかグロテスク。
お話は全てアリスの言葉によって進められるのでどのキャラクターも言葉は発さないのだけれど
話さない分、動きがとびっきりコミカル。みんなイキイキしています。

靴下でできた謎の地下生物、釘の生えるパン、動く生肉、虫がぎゅうぎゅうにつまった缶などなど
まったく可愛くないものがたくさん登場するのも見どころ。
ひぃぃぃ〜と思いつつも画面から目が離せないのです。
「きもちわるい」と「気になる」の絶妙なラインをゆく演出。

完全なるアナログ撮影主義のシュバンクマイエル監督によるストップモーション映像は
観てる人たちをとても懐かしい気分にさせてくれます。あのトコトコカクカクした動き!
アリスがドラえもんばりに机の引き出し奥の四次元ワールドへにゅにゅにゅーっと入って行くシーン
CGなしでどうやって撮影したのだろうか。

すごい・・・!

ウォルトディズニーのアリスがみんなにとってのキャノンならば、
チェコスロバキア版アリスは全くもって異端なものとされるのだろうけれど
「こういうアリスもありかも!!」と、妙に納得した気分になりましたよ。

「不思議の国」という意味合いにかけては、このアリス映画がナンバーワンかもしれません。

Friday, 13 January 2012

Wonderful Bookstores of the World

日本から少し離れていた間にこんな・・・こんな素敵な本が出ていたなんてしらなかった!!
amazon「あなたにおすすめの本」の欄で発見し、すぐに購入クリックしてしまいましたよ・・・。


タイトルの通り、ロンドン・パリ・ローマ・ミラノ・アムステルダム・ブリュッセル・NY
世界各国にある、美しい本屋さんを紹介した一冊。想像よりずっと大きくて分厚い本。

この本を読んだら、頭の中にあった本屋さんのイメージが覆ってしまいました。

「なんて美しいのだ!!」

*source*
ロンドン---Daunt books Marylebone
1910年に建てられたエドワード朝時代の建物が重厚な、歴史ある本屋さん。

*source*
ブリュッセル---Cook and Book
クラシックカーが置いてあったり(!)飛行機の模型がぶら下がっていたり・・・ポップで可愛い書店。

*source*
マーストリヒト(オランダ)---Selexyz Dominicanen
13世紀に建てられた教会がまるまる全部本屋になるなんて・・・すごすぎるんですけど!!!


この他にも、パリのパレ・ド・トーキョーや
世界一美しい書店と呼ばれているらしいブリュッセルのトロピスム書店(ほんとうにゴージャス)、
クラシカルな本屋さんから存在自体がコンテンポラリーアートな本屋さんまで・・・
オーナーやそこで働く店員さんのインタビューも盛りだくさん。
本当に見ごたえ&読みごたえたっっぷり。

去年アスプルンド設計のストックホルム市立図書館を初めて訪れたときの、あの感動を
この本で再び味わうことができました!

今はパソコンさえあれば自宅で本を買えちゃうけれど
やっぱり書店をぶらぶらしてたくさんの本を発見できる楽しみには替えられない。
こんなに素敵な本屋さんが近くにあったら、もうね・・・大変です。毎日通います。

去年ロンドンではWH Smith(チェーン店でどこにでもある)にしか行かなかったわたし・・・
とりあえず今年イギリスへ戻ったら、メリルボーンのDaunt BooksやHenry Sotheranなど
この本に載っていた「夢の本屋 in ロンドン」を全部訪れてみようと思ってますー。

Wednesday, 11 January 2012

Welcome to the Dollhouse

どーしようもない映画を観ました。"Welcome to the dollhouse"
わたしの大好きなショパンのピアノワルツop 69 No.1から始まる、悲惨なブラックコメディです。


分厚いレンズの眼鏡をかけ、いつもヘンな服を身に纏っている女の子ドーン。
勉強ができるわけでもなければ何か特技があるわけでもなく、限りなくダサい13歳。
生徒からは「レズ」「ブス」と罵られ、何故だか先生にまで嫌われる、
そんな悲惨な学校生活を送っています。
家に帰れば帰ったで、母は可愛い妹ばかりひいきし父はドーンに無関心、オタクの兄には疎まれ・・・
家の庭にあるボロボロの小屋で"Special People's Club"なるクラブを設立し、ひたすら現実逃避する毎日。

そんな彼女がある日
オタクな兄のイケてないバンドに突如加入したイケメン高校生スティーブに一目惚れ。
そしていじめっ子のブランドンからはいきなりキスされる。

今までとは違う日常。さぁ、彼女の毎日は一体どう変わってゆくのか?

という話なのだけれども・・・
結局のところは何も変わらないのです。(あっ言っちゃった)

『アグリーベティ』のベティのように
「多少可愛くなくたって持ち前のガッツと知性で周囲を変えてゆく」みたいな展開は全く無いし
『グリー』のメンバーみたいに
「いじめられたって負け犬だって、僕らには歌がある!さぁ歌おう!」みたいな特技もパワーもない。
また13歳だしね。

人気のない生徒がある出来事をきっかけに突然学内の人気者に!
なんてこと、この映画では起こらないのです。ここが恐ろしい程に現実的。
やり場のない怒りを何処にぶつける事もできず彼女の性格は日に日に歪んでゆくばかり。
唯一の友達だったいじめられっこの男の子に「お前なんかと一緒にするな!このホモ!」と言い放ったり
妹ミッシーの大切にしている人形の首をノコギリでギコギコしたり。(ひぃぃ)

ここまでのひねくれガールぶりじゃあ、きっと高校デビューも見込めない。
そんな性格にならざるを得ない環境にいるってことが非常に問題なのだけど。

それでも彼女といじめっこブランドンのシーンはとてもよかったです。
ブランドンも結局は学校の「クールな人気者」的存在ではなかったってこと。
せっかく仲良くなれそうだったのに、彼女はここでもトンデモ発言をしてしまう。とほほ。

ドーンよ・・・。

中学生には、意味不明な事、恥ずかしい事、激しい自己主張をたくさんたくさんやってのける特権がある!
そうして人は大人になるのだ!とわたしは思っているのだけれど
このお話の主人公ドーンには13歳にして既に末期感が漂っていてひたすらに可哀想。
そして、可哀想すぎて酷すぎて、仕舞いにはもう笑うしかないよ・・・そんな映画です。
ソーラ・バーチ&ヨハンソン嬢の「ゴーストワールド」中学生版、といった感じでしょうか。

「お前Special Peopleがどういう意味か分ってんの?」

うぅぅ。イタい。

ちなみに、『ドールハウス』の後に撮られた同監督の『終わらない物語 アビバの場合』という作品、
主人公のアビバはドーンのイトコという設定。
そしてその映画の中で「ドーンは自ら命を絶った」という後日談が語られているらしいです。
とことん容赦ないな・・・本当に・・・。

Tuesday, 10 January 2012

MORGIANA

今日観みたのは、1973年のチェコスロバキア映画『モルギアナ』です。
ゴテゴテ盛り盛りのゴシックムービー!!!
今は存在しない、チェコスロバキアという国で作られた映画の魅力は計り知れない・・・。

お話は極めて単純明快。
主人公は性格のひん曲がった姉ヴィッキーと、美しく無邪気な妹クララの2人。
ストーリーは亡くなった彼女達の父の遺言から始まります。

「財産の殆どを妹クララに与えよ」

この出来事をきっかけに姉ヴィッキーは誰からも愛される人気者の妹に対して
とてつもない憎しみを募らせてゆき、ついにはクララを毒殺しようと考える・・・

それ以外にも使用人に岩の破片を投げつけて怪我させたり
とある女性を断崖絶壁から突き落としたりと、非道なことを次々やってのけるヴィッキーという女は
全く、まっったく人気がない、可哀想な人。家に来る男はみなクララ目当て。友達も居ないみたい。
使用人の男性の前で生着替えをし、誘惑してみようとするも「ケッ」と鼻で笑われる。(ガーン!)
男にちょっとすり寄ってみようものなら、恐るべき早さでかわされる。(ガーン!!)
・・・こっ・・これはヴィッキーでなくても女性は結構傷つくんじゃないかしらねぇ・・。
映画の中盤、弱ってゆく妹に対して申し訳なさそうな顔を見せるシーンもあったりして
お話の最後のことも考えたら、ちょっとだけヴィッキーに同情できたりもする。

そうそう、映画のタイトル『モルギアナ』はヴィッキーの飼っている
青い目のウルトラ可愛いシャム猫ちゃんの名前であります。
「魔女は猫を飼っている」っていうイメージと、関係あるのかな?と1人思ったり思わなかったり。

映画のノリはお昼の茶の間で流れるサスペンスドラマのヨーロッパ版といったところでしょうか。
目新しい展開は何も無し。スリリングな出来事が待ち構えているわけでもありません。
ただ、使われる音楽が「火曜サスペンス劇場」級のセンセーショナルサウンドなので、
それなりにムードは出ています。

そしてなによりも、この映画の一番の見所はやはりビジュアルではないでしょうか!
同国の伝説映画『ひなぎく』のスタッフが製作に携わっているからか
画面から溢れ出すのは、往年の少女漫画のような、めくるめく女の子の世界。


バッサバサの睫毛に驚く程太いアイライン、しっかりひいた口紅、
ゴージャスすぎるドレス(たまに悪趣味)、盛り盛りのヘアスタイル!
「ちょっとやりすぎてる」感が観ててとっても楽しいのです。
家具や食器もめちゃめちゃ凝ってて、細部までぬかりありません。
毒薬したたる小瓶、ブチブチっと切られるパールのネックレス・・・小物も完璧でありますぞ!!

もう1つ面白いなと思ったのは
ヴィッキーとクララを同じ女優さんが一人二役で演じていたこと。
双子でなく姉妹の設定なのに、なんでまたそんなことをしたのかしら?と少し調べたところ
IMDbのレビュー欄で興味深い記事を発見。
この映画には原作があるそうです。ロシアの作家Alexander Grinの"Jessie and Morgiana”という小説。
この物語の中で、2人の姉妹というのは実は1人の女性であった・・・
つまり、解離性同一障害の女性が生み出した、他人格であったのだそう。
しかし検閲厳しい社会主義の下、物議を醸し出すようなキャラクターを映画に登場させる訳にはいかず
1人の女性という設定は2人の姉妹に変更されました。
それでも監督はできるだけ原作に沿った作品を撮りたい、と、女優さんを一人二役で起用したそうです。

小説"Jessie and Morgiana”がどんなお話なのか読んでみたいなー。
と思ったのですが、英訳も日本語訳の本も出ていない模様・・・。ますます気になる。
ロシア語ができたら、読めたかもしれないのに!

原作者Alexander Grinという人はロシア社会革命党の党員として革命プロパガンダを行った疑いで
逮捕されたり逃げ隠れを繰り返したりしていた人物であったこと。(ざっくりWiki先生情報)
そして
チェコスロバキアの映画製作陣は、彼の小説のキャラクターを変更せざるを得なかったこと。
この2点を考えれば、
一見ただのB級サスペンス映画『モルギアナ』にも
実は『ひなぎく』のような反体制メッセージが込められているのではないかしら?

詳しい時代背景や小説の内容やら何も調べてないまま言い放つ勝手なひとりごとに過ぎないけれど。
わたしは今、学校の図書館に行って参考文献を探したい、そんな衝動に駆られています!
(見つけられるのか謎)

ひとつの映画に、思ってもみなかった製作のエピソードを発見すると
作品の見方がぐぐんと変わりますよね!
そういった意味でも『モルギアナ』はわたしにとってとっても興味深い映画です。

The Remains of the Day

カズオ・イシグロの『日の名残り』。ブッカー賞受賞の名作。


まだ学部生だったころ英文で読まなければならなくて
「なにこれ全然面白くないよ・・・でも賞取ってる本が面白くないわけない。
面白くないと感じるのはきっとわたしの英語力のなさのせいだ」と、日本語訳を購入。
そしたらみるみるうちに夢中になった、ひとりの執事と彼を取り巻く人々の話。

執事、という言葉を聞いて何を思い出しますか?
「メイちゃんの執事」や「黒執事」?それとも池袋にある執事カフェでしょうか(←わたしいつか行きたい!)
しかし、この話に出てくる執事はイケメンでもなければ若くもありません。
日本でいったら「ちびまるこちゃん」に登場する花輪邸のじいやみたいな感じだと、わたしは思う。
(勝手すぎるイメージ)

おだやかで、控えめで、品格があり、誇りを持って仕事をしており、
ご主人様を喜ばすためならば部屋でこっそりジョークの練習もする・・・そんな人です。

舞台は1950年代のイギリス。「伝統と格式の英国」という印象も薄くなってきた時代。
かつて著名人の社交場であったお屋敷、ダーリントンホールに長年仕えている執事のスティーブンス。
数日間の休暇を許された彼は
かつての仕事仲間であった女性に貰った手紙がきっかけで、彼女に会うため旅に出ます。
車を走らせ、イギリスの美しい風景を肌で感じながら彼が回想してゆくのは
お屋敷がまだにぎやかであったあの頃のこと、父のこと、自分のことーーー。

本を読み始めたころは
「スティーブンスすごい。執事の中の執事と、栄光のダーリントンホール!」
と思わずには居られないほど華々しいエピソードが彼の口から語られるのですが
それだけでは終わらない。

カズオ・イシグロの小説で独白する者たちは「信用(信頼)できない語り手」であると言われています。
この作品のスティーブンス然り「わたしを離さないで」のキャシー然り。
彼らは判断力に欠ける子供でも精神疾患の人間でもありませんし
読者を騙そうとしているわけでもありません。
ただ、遠い過去の記憶が曖昧であったり、
自分に都合の悪いことはなるべく隠そうとしながらわたしたちに語りかけるため
小説を読み進めているうちに、所々話のつじつまの合わないところが出てくるのです。
「ちょっとスティーブンス、さっきと言ってることちがうじゃないの!どういうこと?」といった具合に。

ここが、この小説のおもしろいところ!!

わたしたちに語りかけるため、自身の記憶を整理し直してみたとき
スティーブンスは、自分の過去が必ずしも幸せであったわけではないと気付いてしまうのです。
彼の信じていた執事の品格・美徳というものは、見方を変えればただの鈍感さであった、ということ。

かつての女中頭、ミセス・ベンは彼に向って言います。

「ときにみじめになる瞬間がないわけではありません。とてもみじめになって、
わたしの人生はなんて大きな間違いだったことかしらと、そんなことを考えてみたりもします。
そして、もしかしたら実現していたかもしれない別の人生を、より良い人生を、考えたりするのですわ。」

この言葉は初めて読んだときからずーっとずーっとわたしの中に残っています。
この後スティーブンスは涙を流すのです。夕暮れの桟橋で、一度しかない人生の意味を噛み締めながら。
このシーンはいつ読んでも泣けてくる・・・。

静かな感動という言葉がぴったりの小説。本当にすごい。

Monday, 9 January 2012

Le Marchand d'oiseaux

映画のことばっかり書いて、本のことは全く取りあげてなかった・・・。うぅぅ。
今年は好きな本もなるべくたくさん感想を残しておきたいです。
(と自分に言い聞かせる)

というわけで、こちら。仏作家ロベール・ブラジャックの『パリの小鳥売り』


1930年のパリ。主な舞台はセーヌ川左岸14区のモンスーリ公園と、バリ国際大学村の周辺です。

お金儲けには興味がなく、小鳥をなによりも大切にしている小鳥売りの老人、
スラム街に住むくず屋の少年、
夜になると空想の中の怪獣と会話する大学生イザベル、彼女の友人ダニエルとローラン。
愛想のない食料品店の店主マダム・ルプティコール、2人の貧しい子供。

ふわふわとした美しい文章で綴られるみんなの日常は、いつの間にか小さな幸せで溢れ出します。
しかしそれは儚い一瞬の幸せでしかなかったのです。
物語の後半で、わたしたちは突き放された気分になる。運命とは残酷なものだと。

パリでそれぞれに暮らす人々が出会い、つながり、別れていく。
そしてまたいつもと変わらない一日がやってくる。

「あらゆることは忘れ去られる。あるいは、あらゆることは記憶の中にとどまるといってもよい。
けっきょくそれは、同じことだ。」

本の中からじわじわと溢れ出す無常観はひたすらに哀しい。正論だけど。


作者のブラジャックは、この作品を発表してから数年後、第二次世界大戦下のフランスで
ファシスト新聞の編集者となり反ユダヤ主義的発言を並べて当時のナチス体勢を賛美したことから
対独協力者として収監されてしまいます。
その後はわずか20分の審理のあと、その日のうちに死刑判決を受けました。
カミュ、コクトー、コレット、ポール・ヴァレリーなどそうそうたる文学者の面々が
ドゴール大統領にブラジャックの助命嘆願を申し入れるも
大統領はこれを拒否し、刑は執行されたそうです。

『パリの小鳥売り』に見られる無常観は
後のブラジャックを待ち構えていたこうした運命に、彼がどう対峙したかを不思議と予感させる・・・。

なぜなら物語りの最後のページで、彼はこう綴っているからです。

「幸福であれ、不幸であれ、人生におけるあらゆる出来事を受け入れなければならない。
みずからの運命に逆らうことなく、運命を愛さなければならないのだ」と。


Sunday, 8 January 2012

Valerie and Her Week of Wonders

1970年のチェコスロバキア映画"Valerie and her Week of Wonders"を観ました。
日本では『闇のバイブル 聖少女の詩』という意味不明な邦題が付いている映画。
ここまでセンスない邦題、初めて見たかもしれません・・・。

祖母と暮らす少女ヴァレリエ。初潮を迎えた日を境に、彼女の周りでは奇妙なことが起き始めます。
村にやって来る奇妙な一団、白塗りのヴァンパイア(結構こわい)、ある契約を結ぶ祖母、
パールのイヤリング、デイジーの花、眼鏡のイーグル、
若い娘を集めて行われる教会の典礼、ヴァレリエを襲おうとする司祭さま(迫り方がオカマ)
炙り出し文字の手紙、地下の棺、水辺の宴・・・。

クルクル変わる場面と、はっきりしない人物関係。話の筋はきわめて曖昧。
現実なのか夢なのかもわからない、とても不安定な少女の世界は
子供から大人になることへの不安と興味を表現しているよう。

一度聴いたら離れない、少年合唱団のコーラスにのせて広がる怪奇幻想的な世界にくぎづけ。


どのシーンを観てもヴァレリエの撮り方が素晴らしいです、ほんとに。
レースたっぷりのカーテンに包まって怯えるシーンなんて可愛すぎてこまるわ!

アイアンのベッドが印象的な真っ白い部屋、レース襟のワンピースにガラス細工の食器など
女の子が好きそうな要素がたーっぷり出てくるのですが、そういうガーリーな小物が
映画の薄気味悪さにとにかくマッチしています。

ファンタジー映画でロリータ映画でゴシック映画で時々ホラー映画。
黒と白の世界に、鮮烈な血の色のイメージ。

とっても不思議な世界観!!
自分なりに解釈できるまで何度でも観ると思う。

Friday, 6 January 2012

La Belle Personne

クリストフ・オノレ監督の『美しいひと』。好きなフランス映画のひとつ。
久しぶりに観たくなったので、ダンボール箱の中から輸入版DVDをひっぱりだしてきました。

確か大学1年生のとき、同監督の『ジョルジュ・バタイユ ママン』を観るために
文学好きの友達と新宿高島屋まで行ったのですが、思いのほか過激なシーンがありすぎて
観賞後、気まずい雰囲気になったことを覚えています。
「すごかったね・・・」「うん・・・あんな変態映画だとは思ってなかったよね・・・」

なのでそれから数年後に『美しいひと』という作品のことを知ったとき
これはもしや『ママン』的映画の再来か、と思ったのですが、まったくそんなことはありませんでした。
『ママン』とは対極にある映画。

主演は
昨年PRADA CANDYのCMで見せたおてんば娘姿(アイ・ドン・ケーア!と叫んで男の子に突進!!)
も記憶に新しいフランスの若手女優レア・セィドゥと、
まるでルネサンス時代の彫刻のようなお顔立ち、全身フェロモンで出来てるに違いなく
出演作では大抵脱いでると思われる(←)、ルイ・ガレルの2人。

母親の死後、新しい高校へ転校してきたジュニー(レア・セイドゥ)は
その美しさとミステリアスな雰囲気で無意識にも学校中の男の子を魅了してゆきます。
やがて彼女はオットーという真面目でおとなしい学生と付き合うようになるのですが
ちょうどその頃イタリア語教師のムヌール(ルイ・ガレル)も彼女に強い恋心を抱くようになって---
というお話。

それまで同僚に手を出したり生徒に手を出したりと、やりたい放題だったヌムール先生は
ジュニーに一目惚れしてからというもの過去の女関係を全て清算。
「こんな気持ちになったのはいつぶりだろう。胸は熱くなるし、足は震えるんだ!」
と、悩める心境を数学の先生に吐露するわ、
ジェニーに近づこうとあの手この手、ストーカーまがいなことをするわ、
その様子は自制の効かない恋する少年のよう。

一方のジュニーは「愛なんて一過性のもの。永遠なんてない」と言いヌムールを突き放しながらも
彼のことを好きになってしまうと予感。オットーを悲劇が襲ったあと
彼女はこの映画のモチーフともなった17世紀の仏小説『クレーヴの奥方』さながらの貞淑さで
ある決断をするのだけれども、それが到底この年齢の女の子にできることじゃない。
観ている者は気づくのです。
その瞬間の彼女は、紛れもなく「美しいひと」なのだと・・・。

せつない。

大人すぎる16歳。

しかし主人公のジュニーだけに限らず、この映画に出てくるリセの学生は皆大人びているのです。

例えば

「物事を一方的に解釈する前に、異なった視点から考えてみることも必要よ」と授業中に先生が言う。
ある生徒が質問する。「先生は今付き合っている彼のことを深く愛していますか?
その彼のことを、愛することと同等に深く憎むこともできると思いますか?」
先生は「彼のことを憎むなんて考えられないわ」と答える。
すると生徒は言い放つ。
「それじゃあ先生に [物事を異なった視点から考えろ] なんて言う資格はありませんね」
(↑だいぶ端折って訳したので、あしからず)

・・・どーん!生徒に一本。
こんなことを先生に言っちゃう、アンファンテリブルの恋愛模様はやっぱりすごい。
ぼーっと観ていると、主人公の周りでは誰と誰が付き合っているのか分らなくなるという事態に!

それでも全くどろどろしていないのは、彼らが十代だからなのか、お国柄の成せるものなのか。

この映画を観ると「アムールの国の高校生ってすごい・・・」と思わずにはいられないはずです。
それから「ルイ・ガレルが服を脱がないまま本編が終わるなんて・・・」とも。


Thursday, 5 January 2012

Restless

今日はこの映画を観ました。『永遠の僕たち』。監督はガス・ヴァン・サント。
ガス・ヴァン・サントと聞けば、わたしは何故か『ミルク』でも『エレファント』でもなく
カート・コバーンの最後の数日を描いた『ラストデイズ』を思い出す・・・。
シネマライズで観た、あの美しく果てしなくもやもや〜っとした感じの映画、
いい意味でも悪い意味でも、わたしは一生忘れないよ!!


両親を交通事故で無くし、自らも3分間の臨死体験をしたイーノック。
親の死後すっかりふさぎこみ、元日本兵の幽霊ヒロシにだけ心を開いています。
高校にも行かず、まるで死の存在を確かめるかのように
他人のお葬式へと勝手に顔を出す日々を送っていた彼は
ある日そこでアナベルという余命三ヶ月の美しい女の子と知り合いに。
ぎこちなくも互いに惹かれ合いデートを重ねる2人ですが、「その時」は確実に近づいていて・・・。


余命幾許もない相手とのラブストーリーというのは映画に限らずドラマや本でもありふれています。
はっきり言ってわたしはこの手のお話が大の苦手で、特に観たいと思わない。
だって話の展開はわかりきっているし、最後には絶対に泣かされてしまうんだもの!
映画の作り手が「どうぞここで泣いてください」って言っているようなお決まりの場面で
まざまざと泣いてしまうなんて、そんなの悔しい。えぇ、わたしひねくれ者ですから。

なのでこの映画のあらすじを見たとき、全く興味がわかなかったのですが
幽霊役の加瀬亮(←ファン)の存在と、ミアちゃん&ヘンリーくんのキュート具合に心が動き
twitterでも何人かの素敵なフォロワーさんが観たと仰ってたので
わたしも「やっぱ観てみよう」と思うに至ったのでした。

結果。

「この前は映画を観てもないのに勝手な先入観で色々と判断してごめんなさい」と謝りたくなりましたよ。
(誰に)

ものすごーく透明な水に、光が当たってきらきら乱反射しているような映画だった!

お決まりのストーリーラインにのっかりながらも、お涙頂戴な過剰演出がほとんど無く
爽やかな青春物語になっていたので大変好感が持てました。
死に向き合った若者の生が輝いてる。
この映画は、主人公の2人が多感な十代であることに最大の意味があるのです。

アニーを演じたミアちゃんがとにかくかわいい。
死の影が迫っているということを微塵も感じさせないほど生命力に溢れていて眩しいのです。
ヘンリー・ホッパーくんは、今のわたしがもしも高校生だったら
きっと手帳に彼の切り抜きを貼ってただろうな、と想像してしまう位スイートな男の子なのですが
時たま見せる「キッ!」とした表情が
2010年に亡くなったお父上のデニス・ホッパーに似ていておぉぉと思いました。
映画のエンドロールで"in memory of Dennis Hopper"と出ていたし、
きっとヘンリーくんにとってこの作品は特別な意味を持つものとなったのでしょう。

そんな2人のハロウィンコスチュームには「ベストな衣装で賞」をあげたい!(そんなんあるの)


日本人としては加瀬さんの好演も嬉しい限りです。
始めは、主人公の友達が日本人の元特攻隊幽霊であるという突拍子も無い設定に
「主人公が、周りには見えない幽霊にしか心を開かないというのはいいとして
その幽霊が、日本人の、しかも元特攻隊員である必要はあるのだろうか・・・?」
と思ったのですが、映画の最後で「なるほどーそういうことね!」と。
ヒロシが好きな人に渡せなかった手紙を朗読してるところで、思わずほろり。
まさかアニーの死の場面でなく、ヒロシによって泣かされるとは予想外・・・。ヒロシよかったよ!


これはひとりの少年の再生を描いたメルヘン。
映画の最後でみせる、イーノックの表情がとっても印象的。きっともう、彼は大丈夫。